2025年 年間標語 年間標語「強く、雄々しくあれ」(ヨシュア1章1~9節)
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私は最近のわが教会の姿を振り返りながら、主任牧師として深い責任感を持ちつつ、これからの飛躍を期待する信仰の祈りを続けております。私は5年前に始まったGCA学校の責任と主任牧師を兼任している状態であるため、教会の牧会に集中できていないもどかしさがあります。そのため、共に働く3人の牧会者は、牧会の力量をさらに拡大し、次の段階へと進まなければなりません。
このような状況の中で、「わが教会が今どうすべきか、何が主の御心なのか」を黙想する時間を持ち、気づいたことを分かち合いたいと思います。神様がキリストの体なる教会にリバイバルを起こしてくださるとき、いつも純粋に献身した人々がいて、そのような方々が教会の雰囲気を導いていたという聖書の歴史と、私たちの教会の歴史を忘れることはできません。
しかし、自分が救われた恵みにとどまっているだけでは、他の魂の救いのために仕える段階へと進むことは難しくなります。自分の救いと自分のケアにだけ留まっていては、ただ自分の花を咲かせることに終始し、実を結ぶ創造的なリバイバルの人生を生きることは難しいと思います。
自分の人生にだけに忠実であろうとする人々の中には、常に計算する仕え方があります。私は「99%の従順は従順ではない」と学んできましたが、私たちの中に1%足りない仕え方や不十分な従順の姿があったのではないかと振り返ります。もちろん、100%以上に仕えておられる方々もおられることを知っています。しかし、そういう方々もまた、「自分が本当に仕えるべき領域ではないことに夢中になっているのではないか?」と自らに問いかけていただけたらと思います。
自分のやりたいことを自己流で仕えることは「自己」の実現だと思います。仕えることは、基本的に神様が望まれる場所と時に行うことであり、現実的には信仰共同体のニーズがある場所でなされるべきです。
ところが、聖書的な教会回復を追求する牧場の集まりに参加しない信徒たちが増えており、他で経験したことを主張する声が教会の雰囲気を導いていくようになれば、教会は一致を失ってしまうでしょう。私はそうした方々にお願いしたいのです。他人の痛みのために執り成しの祈りや早朝の祈りを通して、その1%の不足を補ってみていただければと思います。そういった方々には、14日から始まる三つ撚り特別祈祷会と、5月4日から開催される家族キャンプへの参加を強くおすすめします。「従順はいけにえより勝る」という主のみことばに従って、私と共に100%従ってみてくださるようにお願い申し上げます。
このような状況の中で、「わが教会が今どうすべきか、何が主の御心なのか」を黙想する時間を持ち、気づいたことを分かち合いたいと思います。神様がキリストの体なる教会にリバイバルを起こしてくださるとき、いつも純粋に献身した人々がいて、そのような方々が教会の雰囲気を導いていたという聖書の歴史と、私たちの教会の歴史を忘れることはできません。
しかし、自分が救われた恵みにとどまっているだけでは、他の魂の救いのために仕える段階へと進むことは難しくなります。自分の救いと自分のケアにだけ留まっていては、ただ自分の花を咲かせることに終始し、実を結ぶ創造的なリバイバルの人生を生きることは難しいと思います。
自分の人生にだけに忠実であろうとする人々の中には、常に計算する仕え方があります。私は「99%の従順は従順ではない」と学んできましたが、私たちの中に1%足りない仕え方や不十分な従順の姿があったのではないかと振り返ります。もちろん、100%以上に仕えておられる方々もおられることを知っています。しかし、そういう方々もまた、「自分が本当に仕えるべき領域ではないことに夢中になっているのではないか?」と自らに問いかけていただけたらと思います。
自分のやりたいことを自己流で仕えることは「自己」の実現だと思います。仕えることは、基本的に神様が望まれる場所と時に行うことであり、現実的には信仰共同体のニーズがある場所でなされるべきです。
ところが、聖書的な教会回復を追求する牧場の集まりに参加しない信徒たちが増えており、他で経験したことを主張する声が教会の雰囲気を導いていくようになれば、教会は一致を失ってしまうでしょう。私はそうした方々にお願いしたいのです。他人の痛みのために執り成しの祈りや早朝の祈りを通して、その1%の不足を補ってみていただければと思います。そういった方々には、14日から始まる三つ撚り特別祈祷会と、5月4日から開催される家族キャンプへの参加を強くおすすめします。「従順はいけにえより勝る」という主のみことばに従って、私と共に100%従ってみてくださるようにお願い申し上げます。
趙 南洙師